Aniron








金色の森が、蒼い光に包まれる夜。


他の仲間の眠る天幕から少し離れた木の根元に腰を下ろし、アラゴルンはゆらゆらと揺らめく梢の光を見上げていた。

前にこの輝きを目にしてから、もう何年経ったのだろうか?
南の邪悪な影はますます力を増し、指輪を運ぶ旅の行く先も全く見えない。
しかし、どんなことが待ち受けていようとも、自分たちは・・・自分は進まなくてはならない。
フロドを守り、彼の重荷を少しでも減らすために。

そして、己が背負っている責務・・・。
今最も影の脅威にさらされているゴンドールの民を救うことは、ボロミアの悲願であると同時に王の末裔である自分の使命でもあり、そうすることで長年の夢も叶うのだ。
サウロンの指輪を滅ぼし、晴れてゴンドールとアルノールの王位に就けば、愛するアルウェンとの結婚が実現する。
使命の重さに躊躇いを感じてはいるものの、何よりも自分自身が切望していたことを叶えるためには避けては通れぬ道だった・・・。
だが・・・・・・。


今の自分には、もうひとつ望みがあるのだ。



「アラゴルン」
歌っているような澄んだ声が、頭上から聞こえてきた。
見上げた蒼い光の中から、白く輝く人影が降って来る。
まるで羽根のように地面に降り立ったレゴラスは、華やかにアラゴルンに微笑みかけた。
そう・・・。この美しいエルフこそが、彼のもうひとつの望み。

人間の身でありながら、過ぎた望みであることは判っている。
エルフのなかでも殊に秀でた美しさを謳われる、宵の明星と永久なる緑葉を二つながらにこの手にしようとは、強引にアマンの地に足を踏み入れた古のヌメノール人にも匹敵する大罪ではなかろうか。
だが、それでも・・・それでも、求めずにはいられない。
アルウェンへ誓った愛も、レゴラスに寄せる想いも、どちらも捨てることなど出来はしないのだ。

二人の笑顔を見るたびに、自分の欲の深さを突きつけられている気がして、胸の奥が痛み出す。
自分の想いに気づかずに(或いは察しているのかもしれないのだが)、旅の目的の成就を祈って待ち続けてくれているアルウェン。
自分が彼のものにはなれないことを承知の上で、それでもこの想いに応えてくれたレゴラス。
どちらもかけがえのない人・・・しかし、二人を同時に幸せにすることはできない・・・。



「ただいま」
アラゴルンの隣に並んで座ったレゴラスが、自然に肩に頭を乗せてくる。
「どこに行っていたんだ?またガラズリムたちのところか?」
こうして一緒にいられるのは、旅の間だけなのに・・・。
僅かに嫉妬を含ませた声に、レゴラスはすまなそうな顔をした。
「だって・・・ここは本当に美しいところなんだもの!
勿論闇の森も、裂け谷だって美しいけど、ロリアンは格別だ。
木々も花も、歌声も、闇の森とは全然違うんだから。
今のうちに隅々まで見ておきたいんだよ」
「・・・そうだな。確かにここは美しい」
アラゴルンはため息をついて、レゴラスを抱き寄せた。
甘えるように身を摺り寄せたレゴラスは、それでも顔を曇らせ、寂しげに溜息をついた。

「・・・・・・一度でいいから、ロリアンの春を見たかったなあ・・・」
「なら・・・」
旅が終わってから来ればいい。
そう言いかけて、アラゴルンは言葉を呑み込んだ。


無事旅が終わって、サウロンの指輪を破壊できたとしたら・・・。
その力の下に組み込まれたエルフの手による魔法の指輪は、主たる一つの指輪が消えれば連動して力を失うと予測される。
そうすれば、ロリアンの輝きも、裂け谷を守っている力も消え失せる。
また、自分たちが任務に失敗し、サウロンがかつての力を取り戻せば、中つ国は闇に覆われてしまう。
どの道、ロリアンに春が訪れることは、もう二度とないのだ・・・。

そしてアラゴルンは考える。
中つ国でのエルフの時代は最早黄昏を迎えたと、エルロンドが言っていた。

「サウロンが倒され、三つの指輪が力を失ったとき・・・その時こそ、中つ国からエルフが去る時なのだ。
遅い者も残る者もいるだろうが、我らのほとんどが西の地へと渡って行くことになろう。
すぐに我らは忘却の彼方に追いやられ、伝承や歌の中にのみ生きる種族となる。
・・・それもまた、定めのうちであろうよ」

出発の前、そう話してくれたエルロンドの眼は、アラゴルンの知らない時間の中を彷徨っていた。
彼はその長い生の中で、たくさんの大切なものを失ったと聞く。
そして、これから最愛の娘をもまた失おうとしている。
だが、アマンへ行けば・・・同胞たちと妻が彼を待っているのだ。
それはきっと、大きな喜びに違いない。


・・・アルウェンの運命は自分と共にある。
ならば、レゴラスは・・・。
彼は、旅が終わった後、どうするつもりなのだろうか?



「・・・なら、何だい?」
覗き込んでくるレゴラスに誤魔化すように笑いかけ、アラゴルンは逆に尋ね返した。
「この旅が終わった時・・・お前はどうする気だ?」
「え?」
「エルフは皆、西へと渡って行くはずだろう?お前も行ってしまうのか?」
レゴラスは意外そうに目を丸くして、それから少し考え込んだ。

「そうだね・・・・・・そうするだろうね。
きっと、何もかも終わってしまったら・・・私はこの地を去るだろう」
その答えを聞いて眉根を寄せたアラゴルンに、レゴラスは苦笑して手を振ってみせた。
「もちろん、すぐに行くわけではないよ!
だけど、私の中で眠っている海への憧れが目覚めてしまったら・・・私はそれに従うつもりでいるよ」


「・・・駄目だ」
自分でも思いがけない、低い声。
胸にたぎる激情に気づいたときは、もう抑えられなかった。

きょとんとしているレゴラスの肩を掴んで、きつい口調で詰め寄っていた。
「行かせはしない!俺から離れることは許さない!!
俺は人間だ、だからいずれは死んでいく!だがそれまでは側にいろ!
「ちょ・・・アラゴルン、痛い!」
「俺は・・・お前を離せないんだ・・・!」
顔を顰めて身を捩るレゴラスを無理矢理抱きすくめて唇を奪う。
最初は逃げていた舌が絡められてくるのに、時間はかからなかった。



レゴラスの眼から、涙が一筋零れ落ちた。
白く丸い頬を伝わった透明な雫は、アラゴルンの日に焼けた頬を濡らした。

驚いて身体を離したアラゴルンが見ると、レゴラスは声もなく泣いていた。
真珠のように清らかな涙が、翠色の瞳から溢れ出している。
「レゴラス・・・」
「あなたは・・・勝手だ・・・」
膝の上で固く拳を握り締め、レゴラスは呟いた。
「あなたが私を失うんじゃない・・・私があなたを失うんだというのに・・・!
私に・・・あなたが死んでいくのを見届けろというのか・・・?
あなたという存在が消えてなくなるのを、この目でただ見ていろと?
最期の時に・・・あなたを腕に抱くのは私ではないのに・・・!」

力を込めすぎて白くなった拳に、はらはらと涙が落ちる。
恐る恐る手を伸ばし、固められた拳を包み込むと、レゴラスが濡れた瞳で見上げてくる。
「レゴラス・・・すまなかった。お前の気持ちを考えずに・・・。
今言ったことは忘れてくれ。悪かった」
レゴラスははっとしてアラゴルンを見つめ、それから俯いた。
「・・・いいえ、あなたは悪くない。
ごめんなさい。自分の都合ばかり言っているのは私の方だ・・・」

弓を扱っているくせに全く固くならない細い指が、アラゴルンの手に絡められた。
力強く握り返してやると、レゴラスが顔を伏せたまま消え入るような声で呟く。
「全て承知した上で、あなたを愛することに決めたはずなのに・・・。
なのに、この旅が終わって、あなたと別れることを考えるだけで辛いんだ」
「レゴラス・・・」
「解ってるよ。この旅がどんなに重大なものかも、あなたの成すべきことも。
全部解ってるのに・・・この旅が、終わらなければいいなんて考えてしまう・・・。
覚悟が、できないんだよ・・・!」

弱々しく嗚咽が零れる。
アラゴルンは無言で、震える背に腕を回して優しく抱き締めた。
「もういい・・・!
・・・俺も、お前と同じ気持ちだ。
願っても仕方のないことだが・・・まだ旅が終わったわけじゃない。
俺がこうしてお前を抱いている・・・今はそれが全てだ。な?」
縋りついてくるレゴラスを抱きながらのアラゴルンの言葉は、自分に言い聞かせているようでもあった。


すぐに手放さなければならなくなる温もり・・・。
ならば、せめて今この時だけは、この両腕から離さないように・・・。
いつまでも消えることがないように、深く肌に刻み込んで・・・。









蒼い光の中、白い肌が浮き上がる。
「あなたから離れられないのは・・・私も同じだから」
露に濡れた若葉の色の眼で、レゴラスは言った。

「だから・・・これだけは判るんだ。
いくら私の心が海を求めても、あなたがいる限り、私はここから動くことが出来ないだろうって。
たとえこうして触れ合って・・・あなたの温もりを感じることが出来なくても、同じ空を、太陽を、月と星を見ていたい。
それが・・・私の望みなんだ・・・」











「鴎だ・・・!!」
すっくと背を伸ばして立ち、レゴラスは空を仰いだ。
目を閉じ、ここにあるはずもない海の匂いを感じたかのように大きく息を吸い込んだレゴラスの、その恍惚とした表情を見て、アラゴルンの脳裏に恐れが渦巻いた。
「レゴラス!」
思わず叫んで後ろから抱き寄せると、レゴラスがゆっくりと振り向いて・・・。

アラゴルンは驚愕した。
彼の眼が・・・その名の通り輝きに満ちた森の若葉の色だった眼が・・・今や海を思わせる深い群青に染まっていたのだ。
しかし、瞬きした途端に、その青は跡形もなく消え去っており。
いつもと変わらない翠の眼がアラゴルンを見上げて悪戯っぽく笑っていた。


「心配ご無用だよ、アラゴルン。
もはや私の心は、森の中で安らぐことは出来ないけれど・・・。
でも、あなたの許にあるこの心には、海からの声は届かないから!」
そう言って、声を立てて笑ったレゴラスは、アラゴルンの唇に掠めるだけのキスをした。


























fin.
〈Written by 土方鉄狼:IN DREAMS〉

















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土方鉄狼さまのサイト「IN DERAM」さまの1万Hits
フリー小説をいただいてきましたvvありがとうございますvv

レゴラスが海への渇望に苦しみながらも中つ国に
留まった理由はただアラゴルンな訳で…
でも別れは必ず来て、残されるのはレゴラスなんですよね。
それが分かっていてもアラゴルンはレゴラスを離せなくて…
今はお互いに想い合えて幸せなのに、何だか切ないです・・・(涙)

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