Golden Essence



 裂け谷を出発して数日。
霧ふり山脈の峠越えを前に、指輪の一行はまだまだゆるやかと言える台地を歩き続けていた。
そろそろ快適だったエルロンドの館での充足感が失われ、旅の最初の疲れが見え始める頃でもある。
さらに、明日は晦日で、新しく年を迎える時期だと言うのに、相も変わらず食料節約の意味から食事は1日2食。それもお腹を満たすだけの簡素なものが多く。
食いしん坊のホビット達を始め、全員がなんとなく元気を失い出したのは気のせいではないだろう。
そんな一行の中で、常と変わらぬ様子を見せているのは、こういった野山の放浪に慣れているアラゴルンとエルフのレゴラスだけであった。
アラゴルンは持ち前の性質が、あまり感情を表に出させることがない故で。
それは、とかく不安感が先立ちがちなこの旅へ、安心感を与えるのには、一役買っていた。
レゴラスの方はというと、身軽な体を翻しながら、飄々とこの旅を楽しんでいるようにも見えなくもない。
それに、時折り、先行して姿を消したと思ったら、いきなり戻って来。
この先はこんな風になっている、だの、こんな珍しいものがあった、だのを一同に報告に来る。
最初のうち、アラゴルンとガンダルフを除く一行は、エルフの態度や行動に奇妙な印象を拭えなかったのだが、そのうち慣れてしまったらしい。
段々とそれ自体に楽しみを覚えるようになってきているのも本当であった。
種族も年齢も何もかも違う、即席の一行ではあったが、なんとなく互いの波長を理解し始め出したのだろう。


 カラズラスの白い峰が遥か遠くに見られるようになった頃。
明日は柊郷に入ると言う辺りの、山脈側の一画に、アカシアの林が見つかった。ガンダルフとアラゴルンの二人が、そこでの一泊を提案した。
真冬である。吹きさらしの平地よりは、林の中の方が風除けにもなるし、降雨の際にも耐えやすい。
ホビット達は喜び、育ちのいいボロミアはホッと息を吐き出した。
ギムリは相変わらずむっつりとしたままの顔つきだったが、反対ではなさそうであった。
レゴラスはいつものごとく、先に林の中を探索に行き、やがて戻ってきた。
何かを考えているようでもある。
「何か異常でもあるのか?」
アラゴルンが尋ねる。
「いや、心配はない。その代わり、お楽しみはあるかもしれない。」
謎かけのような返事をすると、サムを振り返った。
「サム、その鍋は使う予定があるだろうか?」
いきなり話し掛けられて、火を熾していたサムは、びっくり仰天した。
裂け谷では、エルフに会うのを楽しみにしてきた彼であったので、一行にレゴラスがいる事は辛いことが多い中、唯一の楽しみでもあった。
「使わないけれど・・・?」
「じゃあ、2時間ばかり私が借りてもかまわないかな?」
「えぇ、どうぞ。」
この見目麗しいエルフの王子が、煮物でもするとは到底考えられないものの、貸さない理由はなかった。
「じゃあ、代わりにこれを。」
渡されたのは、茶色い親指の先ほどの塊であった。押すと、柔らかい。
「もし、蜂がやってきたら、これを沸騰した湯に入れて溶かして、辺りに撒いてくれ。そうすれば臭いを嫌って寄って来ないから。」
「これは・・・?」
「ナッツの成分を固めたものだよ。」
匂いを嗅ぐと、アーモンドの香りがした。
「じゃあ、私はちょっと行ってくる。」
そう言うと、火の付いた木の枝を一本持って、林の奥に入っていった。
メリーとピピンが、期待を込めた視線で、エルフの後姿を見送った。


 レゴラスは、耳をそばだてながら、林の中を進んでいた。
ある音を聞き取ろうとしているのであった。10分ばかりうろついた後、エルフの目が嬉しそうに輝いた。
そして、一際大きいアカシヤの木の烏鷺を覗き込む。
烏鷺の上層に目的のものを見つけたらしく、にこりと微笑んだ。
落ちている木の葉を大量に集めると、懐から乾燥させたハーブを取り出し混ぜ込んだ。そして、烏鷺の下に敷き詰め、火を付ける。
少し立つと、木の葉からもうもうと煙が立ち始めた。
エルフの王子はその様子に満足すると、かなり離れた木の陰に隠れて様子を伺った。


「あの腹立たしいエルフは、一体どこへ行ったんだ?」
サムの焼いたソーセージを頬張りながら、ギムリが喚いた。普通に喋っていてもそう聞こえるのだが、これについても一同は既に慣れてしまっていた。
「お楽しみがあるって、言っていなかったっけ?」
フロドがアラゴルンを見上げながら言った。
「ああ、そんなことを言っていたな。」
「お楽しみ?なんなのじゃ、それは。」
ガンダルフにしても、エルフの思考は判り難いものらしい。
「なんのことだかさっぱりわからないが、少し遅すぎるんじゃないのか?」
ボロミアが立ち上がった。
その時。
会話の行方を伺っていたピピンが、いきなりギャッと叫んで跳ねた。
「どうしたんだよ?」
メリーがまたなにかやらかしたのかよ?と聞くと。
「蜂、蜂だっ」
ピピンの身体の周りに数匹の蜂がぶんぶんと羽音も姦しく飛び交っている。
やがて、林の奥から凄まじい音量の羽音が聞こえ出した。
「いかん、これは!」
ガンダルフが浮き足だった。
「あ、ちょっと待ってください。そう言えば、彼が・・・。」
と、サムが手渡された塊を取り出して、お湯に放り込んだ。すぐにアーモンドの甘い香りで辺りが満ちる。それをコップに掬って周囲に撒き、さらに火を大きくして香りが立つようにする。
「みんななるべくこの香りの中にいるようにして下さい。」
一緒にレゴラスの話を聞いていたフロドが、一同を火の周囲に固まらせた。
やがて、蜂の大群が黒い塊となってやってきた。
「なぁ、レゴラスが言ってたお楽しみって、まさかこのことじゃないよな?」
ピピンがメリーをつつく。
「いくらなんでもそれはないと思いたいけどなぁ。」
蜂達は塊のまま、ぐわんぐわんと激しく周囲を旋回していたが、どうにも臭いが気に入らないらしく、やがてそれを嫌ってどこかへと飛び去っていった。
「そろそろ大丈夫じゃないか。」
アラゴルンの声に、全員が硬直していた身体を解いた。
なんとなくエルフに対しての恨みがましい空気が、全員を取り巻いていた。


 それから、しばらくして。
すっかり食事が済んだ一同の元へ、ようやくレゴラスが帰還してきた。
鍋の他にも何か手にしている。
全員の興味津々の視線が集中する中、レゴラスはどすんと大きな塊を地面に置いた。
「うわっ、これ、蜂の巣じゃないか。」
すぐ近くに置かれたボロミアが飛び上がる。
「大丈夫。もう中に成虫はいないから。それより・・・。」
レゴラスは、ホビット達を手招きした。
「上等のアカシア蜜だ。」
鍋の中身を見せる。
そこには、黄金色のとろりとした液体が、一杯に入っていた。
ワッと歓声が上がり、ホビット達が次々と指先を入れて舐め始めた。
「おい、パンってもうないのかよ?」
「あ、まだあるかもしれない。」
「出せよ、早く早く。」
メリーとピピンとフロドが興奮気味にはしゃぐ。
ボロミアは、ちょうどお茶が淹れたてだったらしく、そこにたっぷりと蜂蜜を注ぐと、美味しそうに啜り始めた。
横目でその様子を満足そうに見ながら、レゴラスはサムに問うた。
「それで、蜂はやってきた?」
「ええ。でも貴方の言った通りにしたら、無事しのげましたよ。」
「そう。」
振り返ると、ガンダルフが感謝を込めて、エルフを見つめていた。
こういうまさに“お楽しみ”は、魔法ではいかんともしがたいものなのだ。
「わしは甘いものは好かん。」
ギムリだけはエルフの手柄を認めたくないらしく、頑固に喜ぼうとしない。
レゴラスは、微笑む。
「頑固なドワーフはそう言うだろうと思って、君にはあれを持って来たんだよ。」
蜂の巣を指差す。
「空だと言ってたではないか。」
「それはね、大人はいないよ。でも、蜂の子と蜂乳がたっぷり入っている。」
ドワーフの喉がごくり、と鳴った。
「蜂乳じゃと?」
ガンダルフの瞳もきらり、と輝く。
まもなく、二人は年甲斐もなく、奪い合うようにして、蜂の巣を解体し始めた。


「レゴラス。」
思わぬご馳走に喜び、盛り上がる一行から離れ。
一人で木に凭れて座り、夜空を見上げているエルフの所へ、アラゴルンがやって来た。
「君は食事は食べないのか?」
「食べたよ。戻って来る道々、アカシア蜜を。」
隣に腰を下ろしたアラゴルンは、呆れた。
「それで力が出るならいいが。」
「実は蜂乳の半分近くは、私が食べた。明日は、いつもの3倍元気に動けるだろうと思う。」
至極まじめな顔をして言う。
エルフは自分の役割をよく把握しているのだ、とアラゴルンは思った。
華奢な外見に反して、人間が足元にも及ばないような強健な精神と身体を持っている。強い人物がいる、ということは、集団に安定感を与えるのだ。
「君には感謝する。皆、そろそろ疲れが出始めていて、空気が落ち込み気味だった。」
レゴラスは頷く。
「楽しみの一つや二つなければ、辛くてこの旅は続けられない。」
「その通りだ。」
アラゴルンも頷き返す。
再び星空を見上げたエルフの横顔を見つめる。
エルフという種族の美しさは、創造主が与えたもので、彼らが最も愛されていた証拠だ。そしてそれは、他の種族の憧憬の対象でも、ある。
レゴラスが不意にアラゴルンを見た。
「貴方は、食べないのか?」
「小さい人たちに譲ることにした。」
レゴラスは何か言いたげに、口を開きかけたが、何も言わなかった。
「でも、味見くらいはしたいと思ってはいる。」
言い様、項に手を回し、金髪ごと引き寄せる。見開いた眼から視線を逸らさず、唇を奪った。
その表はしっとりと甘く、舌を中に忍び入れると更に甘さが増した。
さらりとしていて、上品なアカシア蜜の味だった。
エルフは抵抗をせず、ただ目を見開いたまま、口付けを受けていた。
やがて、ゆっくりと唇を離すと、エルフの白い額に自らの額を合わせた。
アラゴルンは掠れた声で呟いた。
「甘いな。でも、美味い。」
レゴラスは微笑した。
「貴方の唇は、少しほろ苦い。」
互いの味を中和させようとでも言うのか、二人は再び唇を合わせた。
エルフはどうやら、人間とのキスが気に入ったようであった。



end








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「森の闇」さまの5万Hits記念で、 好きな小説を選んで持ち帰り可という、
無茶苦茶素敵な企画に図々しくも参加させていただきましたvv

旅の途中の仲間たちの様子が"まさにこんな感じ〜v"で嬉しくなりつつ、
アラゴルンとレゴラスの関係にどきどきなのですvv
ナチュラルに王子の唇を奪ちゃうアラゴルンがカッコ良すぎますvv(惚)
これぞまさしく甘いキスvですねvv

G三郎さま、ありがとうございましたvv
そして、5万Hits本当におめでとうございます〜♪































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